企業で生成AIの活用が広がる中、「ChatGPTに個人情報を入力してもよいのか」という問いは、情報システム部門・法務部門・現場管理職が共通して直面する課題です。2026年7月17日に個人情報保護法の改正法が公布され、企業は施行に向けた準備が必要な時期に入っています[1]。
個人情報保護委員会は、生成AIサービスに個人情報を入力する際、その入力が特定した利用目的の達成に必要な範囲内であることを確認するよう注意を促しています。また、本人の同意を得ずに個人データを入力する場合は、サービス提供者が当該データを機械学習など応答生成以外の目的で取り扱わないことを十分に確認する必要があります[2]。本記事では、個人情報を一律に禁止するのではなく、情報の種類、利用目的、サービスのデータ取り扱い、社内の管理体制に基づいて判断する実践的なフレームワークを解説します。
生成AIへの入力前に区別すべき情報
生成AIへの入力前に区別すべき情報
個人情報保護法には、「個人情報」「個人データ」「要配慮個人情報」「仮名加工情報」「匿名加工情報」など、取り扱いルールの異なる複数の概念があります[3]。
企業が生成AIへの入力可否を判断する際は、単に氏名が含まれているかだけでなく、情報の機微性や本人を識別できる可能性を確認します。特に、以下の情報は取り扱いの違いを理解しておく必要があります。
要配慮個人情報は、不当な差別や偏見が生じないよう特に配慮が必要な個人情報です。具体的には、病歴、障害、犯罪歴、人種、信条などが含まれます。従業員の健康診断結果、患者の診療情報、障害者手帳の所持情報などがこれに該当します[3]。
氏名・連絡先を含む個人情報は、生存する個人に関する情報で、氏名、生年月日、住所、電話番号、メールアドレスなど、特定の個人を識別できる情報です。氏名と住所と電話番号を組み合わせた情報や、特定個人を識別できるメールアドレスなどが含まれます[3]。
匿名加工情報は、特定の個人を識別できないように加工し、元の個人情報を復元できないようにした情報です[3]。集計結果や統計情報であっても、人数が少ない、属性が細かい、他の情報と容易に照合できるといった場合には、個人が識別される可能性があります。「氏名を削除したから個人情報ではない」と判断せず、再識別の可能性まで確認することが重要です。
令和2年改正法で強化された罰則
令和2年改正個人情報保護法(2022年4月全面施行)では、法定刑が大幅に強化されています[4]。個人情報保護委員会の命令違反や個人情報データベース等の不正提供といった一定の違反については、法人に対する罰金の上限が1億円に引き上げられています。
また、個人データの漏えい等が発生し、個人の権利利益を害するおそれが大きい一定の事態に該当する場合には、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が必要です[5]。生成AIに個人データを入力したことだけで直ちに漏えいとなるわけではありませんが、利用目的やサービス事業者による取り扱いを踏まえた個別判断が必要です。
サービスの種類による判断基準
個人向けサービスと法人向けサービスの違い
ChatGPTへの個人情報入力を判断する際、最初に確認すべき項目の一つが「どのサービスを使っているか」です。個人向けのChatGPTと法人向けサービスでは、データの学習利用や管理機能、契約条件などが異なります。
個人向けのChatGPT(Free、Plus、Pro)では、設定によって会話をモデル改善に利用しないよう変更できます[6]。ただし、この設定だけで企業利用に必要な権限管理、監査、契約管理などが整うわけではありません。そのため、個人向けアカウントへの業務上の個人情報入力は、個人向けアカウントには、業務上の個人情報を原則として入力しない社内ルールを設けるのが適切です。
IPAは、生成AIの利用に伴う個人情報や営業秘密の漏えいなどのセキュリティリスクについて注意を促しています[7]。クラウドサービス利用時には、データの保管場所、アクセス権限の設定、契約面での責任範囲を確認する必要があります[8]。
ChatGPT Business、ChatGPT Enterprise、OpenAI API、Azure OpenAI Serviceなどの企業向けサービスでは、顧客データを基盤モデルの学習に利用しない方針が示されています[9][10]。ただし、会話履歴、不正使用監視用データ、監査ログなどの保存条件や保持期間は、サービス、プラン、設定、契約によって異なります。導入時には最新の公式仕様と契約条件を個別に確認する必要があります。
また、法人向けサービスであっても、要配慮個人情報やマイナンバーなど高感度の個人情報は原則として入力を避けるべきです。
社内ポリシーとしての判断マトリクス例
企業は、サービスの種類と個人情報の分類を組み合わせた判断マトリクスを作成することが推奨されます。以下は社内ルール上のリスク区分の例です。
| 利用環境 | 社内ルールの目安 |
|---|---|
| 個人契約・未承認の生成AI | 業務上の個人情報は入力しない |
| 会社が承認した企業向け生成AI | 承認済みの業務・情報区分に限って入力する |
| 権限・ログ管理を備えた専用環境 | 利用目的、保存条件、アクセス権限を確認したうえで、法務・情報セキュリティ部門が入力可否を判断する |
| 要配慮個人情報を扱う業務 | 原則禁止とし、必要性がある場合は法務・セキュリティ部門が個別審査する |
| マイナンバー・認証情報・決済情報 | 生成AIには入力しないことを標準ルールとする |
※上記は社内ポリシーの一例であり、法律上の一律の可否を示すものではありません。実際の判断は、自社の利用目的、契約、業界ガイドライン、情報管理規程などに基づいて行ってください。
企業が設定すべき利用ルール
原則禁止・例外許可のフレームワーク
企業の利用ルールは、「原則禁止、例外許可」の考え方で設計することが実務的です。デフォルトでは個人情報の入力を禁止し、業務上必要な場合のみ、条件付きで許可します。
原則禁止とする情報
- 要配慮個人情報。ただし、法務・情報セキュリティ部門が承認した業務および専用環境を除く
- マイナンバー、認証情報、決済情報
- 個人向けまたは会社が承認していない生成AIへの業務上の個人情報
- 利用目的を説明できない顧客・従業員の個人データ
- 業務に必要な範囲を超える個人情報
条件付きで許可できる情報・利用方法
- 会社が承認した企業向けサービスを利用する
- 業務上必要な範囲に入力内容を限定する
- 不要な氏名、連絡先、識別番号、詳細な属性を削除・置換する
- 情報を抽象化・集計化し、可能な限り個人を識別しにくくする
- 承認された用途および情報区分の範囲内で利用する
実務上のマスキングとは、氏名を「A氏」「従業員X」「顧客A」などに置き換え、業務に不要な識別情報を削除することです。ただし、氏名を置き換えただけで個人情報ではなくなるとは限りません。所属、役職、年齢、案件内容などを組み合わせて本人を識別できる場合があるため、再識別の可能性まで確認してください。議事録作成やメール返信文の作成など、個人名が含まれる業務でも、業務に不要な情報をマスキングすることで、情報漏えい時の影響や再識別のリスクを低減できます。
なお、ここでいうマスキングは、個人情報保護法上の「仮名加工情報」と必ずしも同じものではありません。
承認フロー・監査・教育の設計
個人情報を扱うユースケースは、業務開始前に利用目的、入力する情報、利用環境、保存条件などを申請し、法務・情報セキュリティ部門が審査します。承認済みの業務と情報区分の範囲内であれば都度の申請を不要とし、未承認の用途や高リスク情報を扱う場合のみ個別承認を求める設計が実務的です。
承認記録には、申請者、承認者、利用目的、利用するサービス、入力可能な情報区分、承認期間などを残します。
監査とログの整備も重要です。ChatGPT等の生成AI利用ログを定期的に監査し、違反事例の早期発見と是正措置を行います。企業向けサービスを選定する際は、利用ログや監査証跡を取得できるか確認し、利用状況の監査に活用します。
なお、入力内容や生成結果をログに保存する場合、ログ自体が個人情報や機密情報になる可能性があります。ログの取得範囲、閲覧権限、保存期間、削除手順を定め、監査に必要な範囲を超えて保存しないようにします。
従業員への教育では、以下の内容を含めます。
- 個人情報の定義と種類の理解
- 要配慮個人情報の厳格な取り扱い
- 法人向けサービスと個人向けサービスの違い
- マスキング、情報の削除・置換、抽象化、集計化の具体的な方法
- 法令上の仮名加工情報・匿名加工情報との違い
- 違反時のリスク(法定刑、企業の信用失墜)
社内勉強会では、IPAが提供する「AI利用者のためのセキュリティ豆知識」などの無償資料を活用することで、従業員の理解を深めることができます。
利用ルールを実効性のあるものにするには、従業員教育だけでなく、会社が承認したAI環境への集約、利用者ごとの権限管理、監査ログの取得といった技術的な統制も必要です。
Smart Generative Chatは、お客さま専用のAIチャット環境に加え、権限管理、利用ログ・監査証跡、AIによるデータ学習の制御など、企業の生成AI運用を支える管理機能を備えています。自社の情報区分やセキュリティポリシーに合った生成AI環境を検討する際は、Smart Generative Chatの管理機能をご確認ください。
さいごに
ChatGPTに個人情報を入力してよいかは、「情報の種類」「利用目的」「利用するサービス」「データの保存・利用条件」「社内の管理体制」という複数の観点から判断する必要があります。一律に禁止したり、法人向けサービスならすべて許可したりするのではなく、リスクに応じた階層的な判断基準を設けることが重要です。
2026年7月17日に公布された個人情報保護法改正法は、一部を除き、公布日から起算して2年以内に政令で定める日から施行されます[1]。現時点では政令・委員会規則・ガイドラインの整備が進められている段階です。企業は今後の公表内容を確認しながら、生成AIに入力する情報の範囲、利用目的、保存方法、アクセス権限を継続的に見直す必要があります。
企業は、利用ルールの明文化、適切なサービスの選定、承認フローの設計、監査ログの整備、従業員教育の徹底を通じて、個人情報を保護しながら生成AIの利便性を享受できる環境を構築できます。
出典
- [1] 令和8年改正個人情報保護法について – 個人情報保護委員会
- [2] 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について – 個人情報保護委員会
- [3] 個人情報保護法ガイドライン(通則編) – 個人情報保護委員会
- [4] 令和2年改正個人情報保護法について – 個人情報保護委員会
- [5] 漏えい等報告・本人への通知の義務化について – 個人情報保護委員会
- [6] How your data is used to improve model performance – OpenAI Help Center
- [7] AIセキュリティ – IPA(独立行政法人情報処理推進機構)
- [8] 中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン – IPA
- [9] Enterprise privacy at OpenAI – OpenAI
- [10] Azure OpenAI Service – Microsoft Learn



