同じ問い合わせでも担当者によって案内が変わり、ベテラン不在の時間帯は品質が不安——そうした悩みを抱える窓口もあります。こうした応対品質のばらつきは、現場で”担当者ガチャ”と呼ばれることがあります。生成AIの応対支援を手がけるwevnalが、電話窓口の運営に関わる309名に実施したインターネット調査では、同じ研修やマニュアルで育てても品質差が生じると答えた人が78.0%でした[1]。これは同社自身による調査で、回答者の認識であり、業界全体の発生率ではありません。本稿は、このばらつきを個人の資質と片づけず、熟練者の判断や例外条件を人がナレッジ化し、AIが応対中に検索・提示して品質差を抑える設計と検証方法を、効果を断定せずに示します。
“担当者ガチャ”を生む、共有されない経験知
ばらつきを「人の出来・不出来」で片づけると、打ち手を見誤ります。原因を広くとらえることが出発点です。
同じ研修でも品質差が残る背景
前掲の調査では、ベテランと新人・中堅の応対品質に差が「ある」との回答が88.7%に達し、ベテランと同等の水準に達するまで半年以上かかる、あるいはほぼ達しないとの回答も合わせて52.8%を占めました[1]。注目すべきは、同一の研修とマニュアルを与えてもなお差が残るという点です。もっとも、その差を生む要因は一つではありません。問い合わせの難易度や経験の違いに加え、マニュアルに書ききれない熟練者の判断や言い回しが共有されていないことも一因と考えられます。本稿はこのうち、仕組みで手当てしやすい「共有されない経験知」に焦点を当てます。
既存施策だけでは、応対中の迷いを解消しきれない
増員は対応体制の強化に、研修や評価は担当者の育成・改善に役立ちます。ただし、前掲のとおり育成には時間がかかり、研修で学んだ内容を応対の瞬間に過不足なく思い出せるとは限らず、評価も事後のフィードバックが中心になりやすいものです。既存施策に加えて、担当者が迷ったそのときに必要な知識や確認事項を参照できる仕組みが要ります。
「暗黙知」を見える化するSECIという補助線
共有されていない経験知を、どう捉えれば手を打てるのか。その補助線が、知識経営の古典的な理論にあります。
価値ある技ほど言語化されていない
調査で「価値が高い」とされた熟練の技は、複雑な状況を整理して説明する力、感情的になった顧客を落ち着かせるトーンや言葉遣い、顧客の意図を言葉になる前に察する先読み力でした[1]。いずれも、単純な箇条書きだけでは共有しにくい面があります。経営学者の野中郁次郎は、暗黙知と形式知が相互に変換される過程——共同化・表出化・連結化・内面化の循環——に注目し、それを組織の知識創造の核心として論じました[2]。こうした知恵は個人の中に閉じたまま埋もれやすいのです。
熟練者の知恵が共有されにくい状態
野中のSECIモデルでは、暗黙知を言葉や概念へ変換する過程を「表出化」と呼びます[2]。熟練者の知恵が言語化・共有されていない状態は、ばらつきを生む要因の一つです。ナレッジ化の起点を考える補助線が、SECIモデルの「表出化」です。実際、調査では通話データの活用に課題があるとの回答が78.6%に達し、応対データを活かしきれない窓口が少なくないことがうかがえます[1]。熟練者の暗黙知を引き出して形式知へ落とす設計は、ばらつきを生む複数の要因のうち、仕組みで改善できるものの一つです。見直すべきは、個人ではなく知恵が流れる仕組みです。
AIで応対品質のばらつきを抑える設計
AIは増員の代わりではなく、人がまとめたナレッジを応対中に届けて品質の底上げを狙う道具です。縮めたいのは案内の違いではありません。顧客の状況や契約が違えば適切な案内も変わります。問題なのは、同じ条件にもかかわらず確認事項が抜けたり、ルールに反する案内が出たりすることです。AIで一律化せず、共通ルールと例外条件をセットで扱います。
熟練知を抽出し、応対中に検索・提示する
第一の柱は、人が優れた応対から判断の型を抽出してナレッジにし、それを担当者が応対中にAIで引き出せるようにすることです。まずは問い合わせが多く担当者差の大きい業務を1〜3種類に絞って始めます。米国の大手企業1社のカスタマーサポート担当者5,172人を対象とした2025年の研究では、AI支援により1時間あたりの解決件数で測った生産性が平均15%向上しました。経験の浅い人・スキルの低い人では速度と品質の双方が改善した一方、最も熟練した層では伸びが小さく、品質もわずかに低下しました。これは、AIが熟練者の優れた応対方法を経験の浅い担当者へ広げる可能性と整合します[3]。これは主に生産性の結果で、本稿の設計で同じ効果が出ることを示すものではありません。
ログを集めれば自動で形式知になるわけではありません。高評価の応対だけでなく対応が難しかった事例も選び、熟練者に「どの発言から問題を判断したか」「どの条件なら別の案内にするか」を聞き取り、例外条件まで残す——こうした人による工程が、知恵を抽出するうえでの肝になります。ナレッジは一律の台本にせず、判断の手がかり、必須の確認事項、避けるべき案内、状況に応じて調整できる部分を分けて記録します。この設計では、AIがナレッジを検索して候補を示し、参照したナレッジも併記して担当者が根拠を確かめられるようにします。該当する情報がなければ無理に答えさせず、人へ引き継ぎます。判断の手がかりや確認漏れの防止はAIで支援しやすい一方、声のトーンや傾聴は研修などで別途高めます。ばらつきが実際に縮むかは、対象業務を絞った試行で確かめる必要があります。
応対ログで回す「共育サイクル」をつくる
第二の柱は、提示する知恵を固定せず、現場の新しい応対から継続的に更新する仕組みにすることです。調査の「共育サイクル」は、AIが自動応対した通話ログを教育に活用する考え方で、回答者の83.2%が価値を感じると答えました[1]。これは期待を示す数字で、品質改善の証明ではありません。本稿ではそれに限らず、担当者が応対したログも、人が確認・承認したうえでナレッジ更新に活かします。ここでの更新は、AIモデルの自動再学習ではありません。人が確認し承認した知識だけをAIの参照先に反映し、情報の鮮度と正確さを保ちやすくします。更新が滞ると、陳腐化によってナレッジが使われにくくなるおそれがあり、現場の新しい工夫も取りこぼします。形式知を蓄えて共有し、実践を通じて再び体得へ戻す循環[2]を、人の確認を軸に回し続けます。
運用面では、個人情報の扱いと権限設計に加えて、ナレッジの品質管理を先に決めます。承認・更新の責任者、見直す頻度や条件、誤案内を報告する経路、AIに答えさせず人へ引き継ぐ条件——この四点が最低限です。録音・文字起こしは、利用目的・保存期間・閲覧権限を定め、個人情報を必要に応じてマスキングします。加えて、文字起こしやAIサービスなど委託先の監督、アクセス権、AIへ入力してよい情報の範囲も、法務・個人情報保護の担当と運用前に確認します。AIが示すのは候補にとどめ、顧客への自動送信ではなく担当者向けの表示に限定し、人が最終確認する運用とします。あわせて試行の前に指標を決めます。品質側は必須確認事項の実施率や同一基準の応対評価、安全側は重大な誤案内や規定外の案内です。問い合わせの構成が変わると前後比較だけでは判断しにくいため、同じ問い合わせ種別・同じ評価基準で比べ、できれば同時期の非導入グループとも対照します。AIの提示が使われた割合や修正・却下の理由も記録し、品質指標が改善し重大な誤案内が増えていないことを確かめてから対象を広げます。
さいごに
担当者ガチャは、担当者の資質だけの問題ではなく、熟練者の経験知が共有されない仕組みの問題でもあります。だからこそ、増員や研修に加えて、知恵を抽出して応対中に届け、ナレッジを更新し続ける設計が、ばらつきを抑える一手になり得ます。前掲の調査でも、AI活用への期待で最も多かったのは、熟練の技を継承した品質の均一化でした[1]。まずは問い合わせが多く担当者差も大きい業務を一つ選び、直近ログから高評価・対応に迷った事例などをそろえます。熟練者に判断の手がかりを確認し、確認事項や引き継ぎ条件を整理のうえ、担当者向けのAI支援に限定して試します。品質指標が改善し重大な誤案内が増えていないことを確かめてから広げることが、底上げの現実的な第一歩です。
出典
- [1] コールセンター運営に関わる309名に調査、AI活用への期待1位は「熟練の技の継承」――「コスト削減」の約2倍に – 株式会社wevnal(PR TIMES、2026年10月1日)。全国のコールセンター/CS・DX・経営企画・IT部門等で電話窓口の運営方針に関与する責任者・担当者309名を対象としたインターネット調査(マクロミル実施)。
- [2] Nonaka, I. (1994) “A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation,” Organization Science 5(1):14-37(DOI: 10.1287/orsc.5.1.14)/Nonaka & Takeuchi『The Knowledge-Creating Company』(1995、邦訳『知識創造企業』1996)/野中郁次郎『知識創造の経営』(1990)
- [3] Generative AI at Work – Brynjolfsson, Li & Raymond, The Quarterly Journal of Economics 140(2):889–942 (2025)(DOI: 10.1093/qje/qjae044)。カスタマーサポート担当者5,172人を対象に、生産性(1時間あたりの解決件数)等を測定した研究。



