2018年、経済産業省は一つの警告を発しました。老朽化した基幹システムを放置すれば、2025年以降に年間最大12兆円の経済損失が生じると。それから7年が経った2026年、「崖」は予告通りに訪れたのでしょうか。
答えは単純ではありません。崖は一瞬の断崖ではなく、企業を静かに二分化し続けるプロセスとして進行しています。その分水嶺は技術の優劣でも予算の大小でもなく、レガシーシステム(老朽化した基幹システム)への経営的な向き合い方にあることが、2025年5月に公表された経産省の総括レポートによって明らかになっています。
「崖」は来なかったのか——2026年の現実
61%の企業にレガシーが残る——経産省調査が示す現在地
経済産業省は2025年5月、「レガシーシステムモダン化委員会 総括レポート」を公表しました[1]。委員会の開催期間は2024年7月から2025年3月。アンケートは2024年12月〜2025年2月に約4,000社を対象に実施し、799社から回答を得たものです。その結果、調査対象のユーザー企業の61%、大企業では74%がレガシーシステムを依然として保有していることが明らかになりました。2018年の警告から7年が経過した今も、多くの企業がシステムの更新に踏み出せていない実態があります。

「崖から落ちた」企業は可視化されにくいという事実も見逃せません。大規模なシステム障害や業績悪化として表面化するケースもありますが、多くは維持コストの増大や新技術の導入遅れという形で、ゆっくりと競争力を失っていきます。急激な断崖ではなく、緩やかな下り坂として進行してきたとみられます[2]。
DX格差が数字に現れる——内向きと外向きの乖離
JIPDEC(日本情報経済社会推進協会)が2026年1月に実施した「企業IT利活用動向調査2026」によると、全社戦略に基づいてDXを実践している企業は65.1%に達し、2024年比で5.8ポイント上昇しています[3]。DXに未着手の企業も8.6%まで減少し、数字だけ見ると着実に前進しているように映ります。
しかし成果の内訳に目を向けると、異なる現実が浮かびます。内向きDX(業務のデジタル化・自動化)では52.9%の企業が成果を実感している一方、外向きDX(新製品・サービスの創出)では成果なしの割合が成果ありを上回っており、業務改善の先にある事業変革には届いていません[3]。データ・AI活用への重点投資を行っている企業も29.4%にとどまり、「DXはやっている、でもビジネスは変わっていない」という状況が多くの企業で続いています。
経産省総括が明かした「停滞企業」の構造的問題
経営層の関与とIT可視化——成否を分ける最大要因
では、崖を越えている企業と越えられていない企業は何が違うのでしょうか。経産省の総括レポートはその答えを明示しています。経営層と情報システム部門の間で情報共有がある企業では71%がIT資産の可視化に取り組んでいる一方、共有がない企業では66%が未着手です[1][2]。別設問では、経営者・情シス・業務部門が計画や仕様を決める場を持つ企業は38%にとどまっており[1]、組織横断での意思決定が根付いていないことも浮かび上がります。
大手事業会社のうち「大規模なシステム導入・刷新を中期経営計画に記載している」割合がわずか12%という数字は特に示唆的です[1][2]。ITを「コストセンター」として捉え、経営アジェンダから切り離してきた企業ほど、システムのブラックボックス化が進み、変革しようとしても手がつけられない状態に陥ります。DX推進の壁として「組織間連携不足」を挙げる企業が42.1%に上るのも、こうした経営態度の帰結です[3]。

ベンダー依存7割が招く「変われない」構造
日本に固有の問題もあります。日本ではITエンジニアの約7割がシステムインテグレーターやベンダー側に在籍し、ユーザー企業側は3割に過ぎません。米国ではこの比率が逆転しており、自社でシステムを設計・管理するエンジニアが企業内に多く存在します[2]。
ユーザー企業にIT人材がいなければ、ベンダーに対してシステム刷新を主体的に提案・交渉することができません。その結果、「現行踏襲」という選択が繰り返され、システムの複雑化とカスタマイズの蓄積が進んでいきます。経産省レポートはこの状況を「御用聞き型ベンダー関係」と指摘し、ユーザー企業側の内製化能力の向上と、ベンダー側の提案型ビジネスモデルへの転換の両方が必要だとしています[1][2]。
レガシーシステムが生成AI活用の「天井」になる
データ連携の壁——AI導入しても使えない現場
「生成AIを導入したいが、既存システムとのデータ連携が難しい」——2026年時点で多くの企業が直面している課題です。経産省の総括レポートは、レガシーシステムの問題として「最新のデジタル技術とのデータ連携が困難」という点を明示しており、自社データと生成AIを組み合わせたくても、それを受け止めるシステム基盤がなければ実現しないと指摘しています[1][2]。
こうした状況へのアプローチとして注目されているのが、生成AIによるレガシーコードの解析です。NTTデータは複数のLLMを活用し、COBOLのソースコードから設計書を自動復元する技術を確立しました[4]。2000年代初期に構築された勘定系レガシーシステムのコードを現代の技術者が理解できる形に変換することで、モダン化の第一歩を踏み出す取り組みです。AIがレガシーの「解読者」として機能し始めていますが、これはそれほど多くの企業がコードの内容すら把握できていないことの裏返しでもあります。

AI実践企業36%の内実と「外向きDX」の空白地帯
JIPDECの2026年調査では、AIを実践・活用している企業は36%にとどまっています[5]。情報通信業や金融・保険業が先行する一方、中小企業や多くのサービス業では「検討段階だが具体的な取り組みなし」が最多という状況です。AI活用が進んでいる企業と遅れている企業の差は、生成AIサービスへのアクセスの有無ではなく、活用を受け止める社内データ基盤の整備状況にある可能性が高いと示唆されています。
さらに、AI活用が進んでいる企業でも多くは「内向き」の業務効率化にとどまっています。顧客対応・サポート業務での「期待以上の成果」が29.1%、経営企画・意思決定支援でも27.8%という水準で[5]、外向きDX(新事業・新サービスの創出)での活用はまだ少数派です。レガシーシステムを抱えたまま生成AIを点で使うだけでは、ビジネス変革には届かないという現実がここに表れています。
さいごに
「2025年の崖」は、特定の年に崖から落ちる事象ではありませんでした。経営層がITをどう扱ってきたかという姿勢の差が、年を追うごとに企業間の競争力格差として表れてくる——そういう静かなプロセスであることが、経産省の総括レポートと各種調査から浮かび上がります。
AI活用の時代において、レガシーシステムは単なる「古いシステム」ではなく、自社データと最新技術を結びつける際の上限を決める存在になっています。取り組みの第一歩は、経営層が主体的にIT資産を把握し、「現行踏襲」を問い直すことです。大規模なシステム刷新は一日では実現しませんが、IT資産の棚卸しと経営計画への組み込みは今すぐ始められます。崖を「越えた」企業と「立ち止まっている」企業の差は、結局のところ、その一歩をいつ踏み出したかにあります。
出典
- [1] レガシーシステム脱却に向けた「レガシーシステムモダン化委員会総括レポート」を取りまとめました – 経済産業省
- [2] 企業のDXを阻む「レガシーシステム」とは?ユーザー企業がモダン化を進めるために取るべき対策とは – デジタル庁
- [3] 「企業IT利活用動向調査2026」経営課題とDXの実践状況編 – JIPDEC
- [4] レガシーシステムのモダナイゼーションを加速する、生成AIの活用法 – NTTデータ
- [5] 「企業IT利活用動向調査2026」AIの活用状況と課題編 – JIPDEC
