2024年から2025年にかけて、生成AIブラウザやチャットサービスからECサイトへのトラフィックが位置年間で4,700%増という驚異的な数字を記録しました[1]。インターネット利用者の半数がAIを使って検索するという状況が現実となり、その流れは商品発見から購買実行へと一気通貫でつながりはじめています[2]。これは単なる「便利なツールが増えた」話ではありません。購買意思決定そのものを、人間からAIが代行する時代の幕開けです。
AIエージェントが「購買の主役」を奪いはじめている
静かに起きている、消費行動の地殻変動
AIエージェントとは、ユーザーの指示を受けて自律的にタスクを実行するAIシステムのことです。「防水で8,000円以内のバックパックを買って」と指示すると、複数のECサイトを横断して仕様・レビュー・価格を比較し、最適な商品を選んで購入まで完了します。エージェントによってはその過程で人間がブラウザを開くことはなく、広告を目にすることも一切ありません。

Amazonの訴訟が暴いた、ECの本音
2025年11月、AmazonがAIスタートアップのPerplexityを提訴しました。Perplexityが開発したAIブラウザ「Comet」が、ユーザーに代わってAmazonで商品を自動購入していたことが発端です[3]。Amazonは「不正アクセスであり顧客体験を損なう」と主張しましたが、Perplexityの主張は「AIエージェントには目玉(eyeballs)がない。Amazonが守ろうとしているのは広告ビジネスだ」[4]というものでした。
Amazonにとって広告事業は主要な利益源のひとつです。プラットフォームで商品を上位表示させるためにブランドは広告費を入札し、消費者はその仕組みのなかで「自然な検索結果」を見ているつもりで買い物しています。AIエージェントはそのループの外側から購買を完結させる存在であり、広告エコシステムに依拠したEC収益モデルへの直撃弾といえます[3]。
「ECの死」より深刻な「広告収益モデルの崩壊」
エージェントは、広告を「見ない」という構造的問題
「ECが死ぬ」という表現は正確ではありません。正確には、「人間の注意(アテンション)を広告主に売ることで成立してきたECビジネスが死に向かっている」というべきです。あるアナリストはこの状況を「消費者と小売プラットフォームの直接関係が失われる変化」と捉え、AIエージェントによるショッピングが小売メディア(EC内の広告事業)にとって「実存的な脅威」になると指摘しています[4]。
問題はAmazonだけに留まりません。Shopifyやモール型ECも、いずれも「ユーザーが画面を見ている瞬間」を収益化する広告ビジネスを柱としています。AIエージェントが購買フローに介入すると、スポンサー枠の価値は根本から揺らぎます。法廷でのPerplexityの主張は、図らずもEC業界全体の収益構造への問いかけになっています[4]。

カテゴリーによって異なる、崩壊の速度
一方で、「すべてのECが同じ速度で変化する」わけではありません。Bainの調査によれば、2030年までに米国のAIエージェント起点の商取引は3,000億〜5,000億ドルに達し、オンライン小売全体の15〜25%を占める見込みです[5]。ただしその浸透速度はカテゴリーによって大きく異なります。
日用消耗品・家電・部品など「価格・仕様・配送速度」で決まる商品は、エージェントによる自動最適化が最も機能しやすく、最初に影響を受けます。一方、ファッション・インテリア・ギフトなど「発見や選ぶ体験そのものに価値がある」カテゴリーでは、消費者がAI任せの購買を好まない傾向が根強く残ると予測されています[5]。自社がどちらの商流に属しているかの見極めが、対策の出発点になります。
今すべき対策——「機械可読な信頼」を積み上げる
商品データの構造化が新たな競争軸になる
AIエージェントが商品を選ぶとき、判断材料はスペック・レビュー・価格・返品ポリシーです。感情に訴えるキャッチコピーも、洗練されたビジュアルも、エージェントのアルゴリズムには届きません。重要なのは「機械が正確に読み取れる情報」を整備することであり、詳細な商品仕様・一貫性のあるレビューデータ・明確な保証条件が次世代のブランド競争力を左右します[2]。
具体的には、商品データのスキーマ整備(構造化データのマークアップ)や、MCP(モデルコンテキストプロトコル)への対応が求められます。こうした「エージェントが読めるインフラ」を早期に整えた事業者が次世代EC競争で優位に立つと指摘されており[6]、対応が遅れるほど自社商品がエージェントの推薦リストに現れないという「見えない機会損失」が積み重なります。

ブランドロイヤルティを「データ」で証明する時代へ
AIエージェントが過去の購買履歴やユーザーの好みを参照して選択する未来では、「ブランドへの信頼の蓄積」が重要な選定基準になります。定期購入(サブスクリプション)や購買履歴データが、エージェントに「次もこのブランドを選ぶ理由」を与える要素になるという見方もあります[6]。感情的なブランド体験を届けることが難しくなる分、リピート率・レビュー品質・顧客サポートのスコアが、機械に選ばれるための資産になるのです。
つまり今後のブランド戦略は、「広告でリーチして新規を獲得する」モデルから、「既存顧客との関係深化で信頼データを積む」モデルへの転換が求められます。これは短期的な施策ではなく、経営の軸足そのものを変える問いです。早く気づいた事業者ほど、移行コストは低く済みます。
さいごに
「ECの死」は来ません。しかし、人間の注意を広告として売ることで成立してきたEC収益モデルは、静かに、しかし確実に終わりへ向かっています。Amazon対Perplexityの訴訟は、その変化が「議論の段階」を超えて「法廷で争われる現実」になったことを示しています。自社がどのカテゴリーに属し、商品データをどこまで機械可読な形で整備できているか——今すぐ点検を始めることが、次の競争優位への第一歩です。ECの未来は、エージェントに「選ばれる理由」を持っている事業者に開かれています。
出典
- [1] AI’s Transformation of Online Shopping Is Just Getting Started – Business of Fashion
- [2] How Agentic Commerce Is Transforming Online Shopping – Syndigo
- [3] Amazon sues Perplexity over AI shopping agents – Retail Dive
- [4] What the Perplexity-Amazon lawsuit could mean for digital advertising – Marketing Brew
- [5] Bain: Agentic AI could account for 25% of U.S. ecommerce sales by 2030 – Digital Commerce 360
- [6] The agentic commerce opportunity, The automation curve in agentic commerce – McKinsey & Company
