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エントリーシートは終わるのか? | AI利用率60%時代の日本の新卒採用・選考方法の崩壊

30年間にわたり日本の新卒採用を支えてきたエントリーシート(ES)が、いま静かに意味を失いつつあります。原因は生成AIです。2026年卒の学生では66.5%が就職活動で生成AIを利用しており[1]、もはや「AI多数派時代」が到来しています。

一般個人の生成AI利用率が26.7%にとどまる中[2]、就活は日本で最もAIが浸透した領域となりました。本稿では、この変化がESの選考機能をどう変質させ、企業の採用活動にどんな影響を与えるのかを、データに基づいて検証します。

就活はすでに「AI多数派」の領域になっている

AIが最も濃く浸透した場所

就職活動における生成AI利用は、驚異的な速度で拡大しています。2025年卒では37.2%だった利用率が[3]、別の調査では1年で66.5%へと跳ね上がったといいます[1]。この数字は、日本社会全体の生成AI利用率26.7%[2]を大きく上回り、就活が日本で特にAI活用が進んだ領域の1つであることを示しています。

特筆すべきは、この変化のスピードです。2024年卒時点では利用率は1割強に過ぎませんでした。それが2〜3年で6割を超える水準に達したということは、学生にとって生成AIが「あると便利なツール」から「使わないと不利になるインフラ」へと変化したことを意味します。この急激な普及は、ESを前提とした選考システムに根本的な問題を突きつけています。

AI利用の中心はエントリーシート

では、学生は就活のどの場面で生成AIを使っているのでしょうか。マイナビの調査によれば、生成AIを使った学生のうち、エントリーシートの推敲に使ったのが56.6%、作成に使ったのが41.7%でした[3]。つまり、AI利用の中心はESに集中しているのです。

学生がESでAIを使う理由は明確です。「自分のアウトプットを改善するため」(57.3%)、「作業時間の短縮」といった実利的な動機が上位を占めます[3]。数十社にESを提出する現実を考えれば、質を保ちながら量産できるAIは、学生にとって極めて合理的な選択です。しかしこの合理性こそが、ESが30年かけて築いた選抜ロジックを根底から揺るがしています。

企業はAI利用を黙認している

容認する企業、統制しない現実

企業側は学生のAI利用をどう捉えているのでしょうか。興味深いことに、約6割の企業が前向きな姿勢を示しています。「使い方を慎重に検討したうえで活用してほしい」が52.7%、「積極的に活用してほしい」が5.0%で、合計57.7%が容認的です[4]。表面的には、企業も時代の変化を受け入れているように見えます。

しかし問題は、この「容認」が明確な評価指針を伴っていない点です。AI利用の有無を厳密にチェックする企業は一部とみられ、多くは「使っていても構わない」という曖昧な態度にとどまっています[4]。つまり企業は、ESに書かれた文章がAI由来かどうかを実質的に問うていません。この統制の欠如が、次に述べる「測定対象のすり替わり」を招いているのです。

ESが測るものの変質

AI以前、ESは学生の文章力、内省の深さ、準備へのコミットメントを測る道具でした。質の高いESを書くには時間とスキルが必要で、その投下資源が選抜の材料になっていました。しかし生成AIの登場により、この前提が崩壊しました。プロンプトに数行入れれば、それらしい文章が数秒で出力されるからです。

その結果、ESが測るものは根本的に変わりました。かつては「学生本人の属性」を見ていたはずが、今では「AIへのアクセス環境」「AI利用への心理的抵抗の低さ」「簡易なプロンプト設計力」といった、企業が意図しない要素を測定しています。企業は「人となり」を見ているつもりで、実際には「AIと学生の合作物」を読んでいるのです。このズレこそが、ESを「選んだ気分だけを与えるノイズ源」に変えています。

ESの選抜機能はなぜ崩壊したのか

「書くコスト」の消滅がもたらした反転

生成AIによってES作成のコスト構造は劇的に変化しました。以前は質の高いESを書くために時間とスキルの両方が必要でしたが、今や必要なのは最低限の素材と簡易なプロンプト設計力だけです。この変化により、ESは「人間側の能力」のみならず「AIリテラシー」を測る装置にも変質しました。

さらに厄介なのは、ESの評価側でもAI活用が始まっている点です。キーワード抽出やスコアリングをアルゴリズムに任せる企業が増えており、極端に言えば「学生がAIに書かせたESを、企業が別のAIで読む」という代理戦争が起きています。人間は素材を渡すか、AIのスコアを見て判断するだけの存在になりつつあるのです。このとき、ESはもはや人となりを伝えるメディアではなく、形式的なプロトコルに過ぎません。

文章の同質化が生む新たな学歴バイアス

生成AIに「ガクチカを400字で」と頼めば、結論・背景・工夫・成果・学びという定型構造で、ポジティブワードがちりばめられた文章が出力されます。学生ごとの差分は、入力されたエピソードと若干の語彙の違いに圧縮されます。数百通のESを読む採用担当者にとって、すべてが「よくできたテンプレート」に見えるのです。

この同質化が招く結果は二つです。一つは、ESの中身が判別できなくなった結果、大学名・専攻・資格といった「分かりやすい属性」に企業が強く依存するようになること。もう一つは、ESそのものの重みを下げ、形式的に集めるだけで実質的な選抜機能を失わせることです。

「6割」という臨界点が意味すること

少数派から多数派への転換点

なぜ利用率60%が重要なのでしょうか。利用率が1〜2割の段階では、AIを使う学生は少数派であり、企業は「本人が書いた」ことを前提にESを読めました。しかし利用率が過半を超え6割前後に達すると、今度は「AIを使っていない」学生の方が少数派になり、その少数派はESの見た目で明らかに不利になるのです。

この転換点を越えると、企業がESを読むときの暗黙の前提が変わります。以前は「基本的に学生本人が書いている」という前提でしたが、今では「多くのESは生成AIの手が入っている」が新しい前提です。つまり、企業が望もうと望むまいと、ESは生成AI前提のゲームになりました。しかし企業の多くはこのズレを自覚せず、旧来の評価軸でESを読み続けています。

公平性の錯覚がもたらす歪み

6割という数字が示すもう一つの問題は、「形式的な公平性」の崩壊です。多くは企業はESを全員に課すことで、学歴や出自に関係なく「自分の経験で勝負できる」仕組みを標榜してきました。しかしAI多数派時代には、この公平性は錯覚に過ぎません。AIに不慣れな学生、AIへのアクセス環境が限られた学生は、実質的に不利な状況に置かれます。その一方で、企業は依然として「公平に選考している」という建前を維持しています。この公平性の錯覚こそが、ESを「選んだ気分だけを与える」システムへと堕落させているのです。

これからの選考をどう設計すべきか

推奨案:ESを「AI共創課題」として再定義する

現実的な前提として、生成AI利用を完全に禁止・検知することは困難です。学生の過半がすでにAIを使い慣れており、今後も利用率は上がり続けるでしょう。ならば、ESの役割を「素の文章を見る場」から「AIとどう向き合うかを見る場」に明示的に変えるべきです。たとえば、「生成AIを使って構いません。その際のプロンプトと、生成結果をどう修正したかも提出してください」という設問にするのです。

この設計により、企業はメタレベルの能力、すなわちAIの出力を批判的に扱う力を評価できます。これは、企業が本当に欲しい判断力・倫理観・責任感により近い能力です。また、「使っているか/いないか」を暗黙に問う現状よりも、透明性と公平性が高いゲームになります。ただし、AIに不慣れな学生が不利にならないよう、ES自体の重みを下げ、他の選考手段とバランスさせることが重要です。

代替案:ワークサンプルへの重心移動

もう一つの方向性は、ESを一次フィルターの座から降ろし、選考の重心をワークサンプルテストに移すことです。簡易な業務シミュレーション、ケーススタディ、コーディングやデータ分析のミニ課題といった実務に近い課題は、AIに書かせたESよりも能力との相関が高く、職務適性を直接測れます。ただし、設問設計と採点の負荷が高く、受検環境の整備も必要です。応募者一人あたりの評価コストを増やせる企業に限られますが、本質的な能力を見極めるという点では最も有効な手段でしょう。

さいごに

本稿で示したデータは、ESが「終わる」のではなく、「意味を失いつつある」現実を浮き彫りにしました。生成AIがESを「安く、うまく」書けるようにした瞬間、ESは30年かけて築いた選抜ロジックを失い、企業と学生の双方にとって錯覚を生む儀式へと堕ちかねません。

いま求められているのは、「AI以前のES前提」にしがみつくことではありません。AI多数派時代の選考ロジックそのものを問い直し、本当に測りたい能力を測れる仕組みへと進化させることです。ESを続けるにせよ終わらせるにせよ、企業は早急に判断を迫られています。選考の公平性と実効性を取り戻すために、今こそ行動すべき時です。

出典

この記事を書いた人

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Yuji Oe

ソリューションサービス事業部

10年以上の業界経験(主にデータベース分野)を生かし、現在はSmart Generative Chatの導入のプロジェクトマネジメントを中心に活動。

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